6/11 社会構想チーム発表続きと「イメージの心理学」
6月11日のゼミ報告です。
今回は、前半に社会構想チームで前回発表しきれなかったものの発表をしました。
<義務的な繋がりが生じる「家庭」「学校」「職場」に焦点を当てて、ストレスがどこに生まれるのか、またその問題性を探る>
増加する若年層の自殺率、高校生の自己無力感、新卒者の離職率、日本人の人間関係観から現状を探った上で、「感情型」の教育による日本人の消極性、スクールカーストによる自尊心の低下、核家族化が「子育て」を生きがいの一つに促したために起こった「家庭」と「学校」の同一化現象、生産年齢別に抱くストレスの違いを問題視しました。
そして、
・三世代同居が減少し、都市化と核家族化が進んだことによって、子どもは地域の人や、祖父母の価値観を与えられることなく、両親だけの価値観を一身に浴びるために、不和が生じた場合、逃げ場をなくした子供がうつに向ってしまうのでないか
・核家族化によって育児の責任が親の身にのしかかるため、子どもの「失敗」が親の「失敗」に直結してしまうので、親は、子どもが直面する障害を取り除き、理想の子育てをしようとする「カーリングペアレント」になる。それによって、「対象喪失」をできなくなった子どもは危機を乗り越える経験をしないので、壁にぶつかると立ち直れないのではないか
という仮説を立てた上で、人間的セーフティーネットが存在しないことを指摘し、「ウィーク・タイズ」の重要性と実感的に自分にできることから個人としての希望モデルを提示する必要があるということを述べました。
後半は河合隼雄「イメージの心理学」の、
1)印象に残った点
2)主張に対する賛否
3)考え方を応用した提案(総合政策)
について議論を行いました。
1)科学的言語は自と他をする→関係の喪失へ
→果たして本当なのか?科学者のコミュニティはどうなのか。
面倒ことを避けて生きると個性がなくなる
→個性と創造性のつながりは本当にあるだろうか。
死と再生の経験が必要
夢、無意識は現実ではできないこと
→無意識で生きることができるのならば、無意識下の元型を基盤とした社会は作れないか、相互理解を人類全体の元型に見出すことができるのではないか。
個人を追求すると普遍的なものにつながるのか
天才といわれる人は凄まじいエネルギー消費に耐える人=人間進化につながる?
心理学は自然科学ではないのでは?
人間の存在全体の回復運動として夢でバランスを取っているのではないか。
アニミズム・・・経験が神として扱われる
2)普遍的無意識はどこから来るのか→動物的な部分、これは人間だけ?
→そもそも普遍的無意識とは?人が集まって1人の人間として意識を持てるか?
科学技術で内面領域をどこまで示せるのか
個性は必要か→相対主義の影響?
個性とは?どこからが個性か?
個性化の過程の人は自我が本当に確立しているのか?
「光」とは何か、「光」が見えない人は認識できるのか?
→人工的臨死体験が必要か
「身体的エネルギー」と「心的エネルギー」は切り離せるのか?
→体、心の最適バランスがあるのでは
夢とイメージは関係ないのでは
昔話は文化差を示す←逆に文化摩擦を生むこともあるか
3)自と他を切断しない言語なら・・・
→身体的言語、共通の言語
心身的エネルギーの回復のために時間政策→余裕のある生活、労働時間を減らす、拘束時間を減らすなど
内面に着目した能力に焦点を当てる→人間が存在する意味を探る
深層心理学の個は異なるものというとらえ方を活かしながら個人間の妥協点を探る
対象喪失で心を鍛えてエネルギー消費に耐えよう
→子どものうちからディベートをしよう!
東洋医学→気に焦点を当てる
多様性のイメージを重視する教育(外来の神話や文化を学ぶ)